がん体験記

がん体験記 闘病編② ~悪化する体調~

2020年3月16日

治療室

 

前回の話を読まれていない方はこちらからどうぞ。

がん体験記 闘病編① ~初めての抗がん剤~

 

※YouTubeに同内容を公開しております。

副作用との闘い

2012年1月

2回目の抗がん剤治療日をむかえた。

小さくなった腫瘍を先生に見せる。小さくなった腫瘍を確認し、順調とのこと。

血液検査も問題なし。抗がん剤治療へ。

1回経験したこともあって、不安なく治療を終えた。

慣れもあるのだろうか。1回目より副作用が強く出ていない気がした。

体のだるさも、汗の量も1回目よりはおとなしい。

治療後の翌日。起きた後にすぐ腫瘍を触って確認した。また小さくなっている。

どんどん小さくなっていく腫瘍が嬉しくてたまらない。

 

その2、3日後くらいだっただろうか。

いつものように寝る前にシャワーを浴びる。

目を開けると大量の髪の毛が抜けていた。

 

副作用の1つである「脱毛」は事前に説明を受けている。

ドラマでも同じようなシーンを何度も見たこともある。

まさか自分が同じようになるなんて思ってもみなかったが、目の前にはその現実がある。

女性の方ならかなりのショックを受けるかもしれないが、

私の場合は「あぁ。きたか。」くらいにしか思わなかった。

元々野球部だったこともあり、坊主にそこまで抵抗感はなかったため、翌日すぐに坊主にした。

 

副作用で抜ける毛は髪の毛だけではない。まつ毛、眉毛、鼻毛、下の毛など全ての毛が抜けてきた。

髪の毛だけでなく眉毛が抜けたことで、やはり顔が病的に映っていた。

 

普段は素材が柔らかいニット帽をかぶっていた。しかし出社時は帽子をかぶるわけにはいかない。

そこで医療用のかつらを用意することにした。

医療用のかつらを購入して、特別な床屋さんでそのかつらをカットしてもらう。

私は普段短髪。かつらの毛を切りすぎてしまうと、明らかにかつらであるとわかってしまい不自然になる。

ただ髪の毛が長すぎても自分らしくない。

床屋さんができるだけ不自然にならないように短くしてくれた。

おかげで出社用にかつらを準備することができた。

 

そのかつらを使って2回目の出社をした。

「髪伸びたなぁ。」と周りから言われたが、素直に「かつらです!」とさらけ出した。

変に隠さないほうが気持ち的に楽になると思ったからだ。

仕事は実質「会社に来るだけ」状態になり、無力感はいなめなかった。

 

副作用に耐え、出社もした。そして3回目の治療をむかえた。

いつものように血液検査を終えて診察室へ呼ばれる。

しかしここで「待った」がかかった。副作用で減少した白血球数(免疫力を表す数値)が回復していなかった。

※抗がん剤は良い細胞も悪い細胞も攻撃するため免疫力も一時的に下がります。

免疫力が回復していない場合は、治療が受けられない。

治療が1週間延期になってしまった。治療が遅れるのは正直嫌だった。

抗がん剤治療をした直後は腫瘍が小さくなる感覚があるのだが、逆にしばらく経つと大きくなって押し戻される感覚がある。

せっかく腫瘍が小さくなってきているのに、一気に押し切りたかった。

治療延期が続いてしまうと復帰もどんどん遅れてしまう。

今後治療が延期にならないように、免疫力をあげる方法を調べた。

「笑うこと」や「バナナを食べること」が有効であるらしい。

その日以降、お笑い番組を見たり、毎朝バナナを食べることを欠かさなかった。

他にも効果がありそうなことは色々と試してみた。

 

免疫力向上を心掛けてから1週間が経つ。3回目の治療日。

前回から3週間も経過していたため、免疫力はほぼ回復していた。治療室へ行き、点滴を始める。

点滴を受けている途中、どこか不快感を感じる。

治療室なのか、薬なのかわからないが「におい」がダメになった。

この「におい」は、健康な人には何も感じないみたいだが、患者にだけ不快に感じてしまうことがあるらしい。

点滴を受けている間、その「におい」を嫌がるそぶりをしていたら、

看護師さんがわざわざアロマを持ってきてくれた。本当に助かった。ありがたい。

 

治療室の担当看護師さんは本当に良い人だった。

こちらが言わなくても気持ちを汲み取ってくれる人だった。

何でもガマンするタイプの私にとってピッタリのタイプだった。

必要以上に心配や世話をするのでなく、苦しい時に一声や手を差し伸べてくれる。

良い距離間で接してくれる優秀な看護師さんだった。

 

3回目の治療を終え、再び副作用に耐える日々。

右脇の腫瘍は腕を動かす分には問題なくなるほど小さくなった。

8ヶ月振りに自由に動かせる右腕。嬉しくなって久々にバットを振った。腕立てもした。

副作用に耐えるのは楽ではなかったが、少しずつ前進してることが素直に嬉しかった。

しかしそう簡単に事は進まなかった。

 

治療中止?悪化する体調

2012年2月

4回目の治療日を前に、突然左鎖骨に痛みが走る。右肘の内側にも小さなコリコリがあらわれた。

右脇の腫瘍は小さくなってきたのになぜ?37度台の微熱も出てきていた。

体調が徐々に悪化したため、今回の出社は見送った。

「また2週間後、体調戻ったら出社します」と連絡した。

4回目の治療日、このことを先生に相談した。

 

医者「リンパ節が腫れてきてますね。治療があまり効いていないので一度治療は中止します。」

まさかの中止。この先どうなってしまうのか。

実は年末の生検結果で、私の悪性リンパ腫は珍しいタイプであると説明を受けていた。

リンパ腫の中にもいくつかタイプがあり、私はいくつかあるタイプの混合型だった。

診断結果は「ホジキンリンパ腫」と「非ホジキンリンパ腫のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫」の中間。

今まで行っていた治療法は「ホジキンリンパ腫」に有効な「ABVD療法」と言われるもの。

簡単に言うとリンパ腫にAタイプとBタイプがあり、私はAB型タイプだった。

そこでまずAタイプに効く治療を行う方針だった。

そしてAタイプに効く治療の効果が徐々に薄くなっていたのが現状。

そのうえで、

医者「左鎖骨部分でもう一度生検しましょう。」だった。

「またかよ。。3回目だぞ!」前回の生検は痛さもあったので、正直やりたくなかった。

また生検をやることで「振り出しに戻る」感じもした。

 

そうはいっても「やらない」という選択肢はない。やらないと前に進まない。

後日、生検を受ける。今回は左の鎖骨部分。顔に近い場所のせいか、恐怖感は右脇の時よりもある。

麻酔は今回も局所麻酔。ゆっくりと切られていく。

始めは痛くないが、奥に進むに連れて痛くなる。前回も痛かったが、今回はもっと痛かった。

麻酔を追加してもらっても痛みを感じる。麻酔が効きづらい場所のようだった。

前回も精神的にキテいたが、今回はもう半分くらいあきらめの気持ちもあり、ボロボロ状態。

不安と痛みで涙があふれる。もう何回泣いてるのだろうか。

どこか絶望感が漂ってきた。

 

生検結果が出るまでまた1ヶ月程待たなくてはならない。この1ヶ月が地獄だった。

体調は日が進むにつれてどんどん悪化していった。

微熱が続き、左鎖骨の痛みも大きくなっていく。痛み止めも焼け石に水。

復帰後のことを考え簿記の勉強をしていたが、それもやめた。

死ぬかもしれない、あの世に資格なんて持っていけないのにやる意味がない。

夜は痛みに苦しみ、涙を流し、泣き疲れて寝る。その繰り返し。

安楽死スイッチがあるなら、押してしまいそうなくらい苦しかった。

夜はなかなか眠れないから色々と考えてしまう。

「あれやっておけばよかったな。。」

「親より先に死ぬなんて親不孝者だな。。」

「部屋を片付けておこうか。。」

もう出社どころではなかった。しばらく休むことを会社に泣きながらメールを送った。

早期復帰のことは完全に頭の中から消えた。

 

後日、会社の総務の方から「一度会えないか」と連絡を頂いた。

人に会う気持ちではなかったのだが、家の近くで会う事になった。

現在の体調について軽く話をした後、会社の判断で休職することが決定したと説明を受けた。

もう「生きるか死ぬか」の状態であったため、正直欠勤だろうが、休職だろうがどっちでもよかった。

あわせて傷病手当金の申請について説明をしてくれた。

この時体調が悪いこともあり、不機嫌な態度をとっていたかもしれない。

それでも総務の方は親身になって話をしてくれていた。今でもとても感謝している。

 

苦しむ私をみて、母親が見るに見かねて生検結果が出る前に診察に連れていかれた。

現状の痛みや微熱、違和感があることを伝えたが、

先生は「様子を見る」とのことで何も改善しなかった。母親も少しピリピリしていた。

医者が気軽に「大丈夫」と言ってはいけないのだろうが、嘘でもいいからその言葉が欲しかった。

この辛い状況を耐える材料がなんでもいいから欲しかった。

体力がどんどん減っていく。確実に死が近づいていることを感じる。

ドラクエだったらもうHPの色が変わっている頃だ。

軽い運動すらできない状態。というより動く気力がない。そして体は違和感だらけ。

 

闘病編2まとめ

ポイント

  1. 副作用により髪の毛が抜ける
  2. 会社には医療用のかつらで出社
  3. 腫瘍は徐々に小さくなる
  4. 突然左の鎖骨のリンパ節が腫れる
  5. 治療を一時中断し、再度生検をする
  6. 会社の休職が決まる
  7. 体調が悪化し、絶望状態

 

「におい」に関してですが「治療室のにおい」と「抗がん剤の副作用」が頭の中で結びついてしまうことでダメになるようです。

患者さんは他のにおいでもダメになるケースもあるので、もしお見舞いに行く際は香水等に気を付けたほうが良いかもしれません。

 

途中で休職が決まりましたが、内心ホッとしていたかもしれません。考えることが一つ減ったからです。

出社しても、周りはいつも通り仕事していますし、どうしても劣等感というかお荷物感を感じてしまいます。

体調が良かった時も、精神的にかなりきつかったです。

治療を受けながら働く際は、会社と周りの配慮と自分の精神面と相談して総合的に判断した方が良いとと思います。

 

本記事のように途中で治療がうまくいかなくなることがあります。

それでも心が完全に折れてしまっては終わりです。(私は折れましたが。。)

あきらめずに最後まで闘いましょう!

 

続きはこちらです。

がん体験記 闘病編③ ~別の治療法で治療再開~

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