がん体験記

がん体験記 発症編③ ~2回目の生検、診断確定~

2020年3月14日

聴診器

 

前回の話を読まれていない方はこちらからどうぞ。

がん体験記 発症編② ~生検から我慢の時間、そして膨らむ不安~

 

※YouTubeに同内容を公開しております。

2回目の生検

2011年11月

2011年11月下旬。2回目の生検手術を受ける。

2度目ということもあって、勝手がわかっている分、少し落ち着いていた。

前回と同様に右脇に麻酔の注射をうつ。右脇の腫瘍が切られていく。

痛みも前回と同じくほとんど感じない。「右脇付近で何かやられてるな」といった感じだろうか。

 

しかし突然右脇に痛みが走る。「切られる痛み」を感じる。

痛みの反応に気付いた医者が麻酔を追加した。

それでも麻酔の効果が薄い部分があり、痛みはゼロにならなかった。

「ピッ、ピッ」と機械音が徐々に早まっていく。

 

痛みと同時に涙が流れてきた。その痛みが不安を増幅させた。

「痛みと不安」のダブルパンチで涙が止まらない。

声が出るのを必死で抑えながら涙を流していた。

そんな不安定な状態の中、頬の涙に気付いた手術スタッフの方が涙を拭いてくれた。

落ちつけるように左腕をさすってくれた。

不思議なもので、その「さする」行為で徐々に心拍のペースが元に戻る。痛みが和らぐ。

それで落ち着くのだから、本当に人間は不思議な生き物だなと思った。

そして2度目の生検を終えた。

 

生検を終え、手術着から私服へ着がえる。

赤くなった目を元に戻すため、更衣室の中でしばらく時間を潰す。

すると看護師さんに部屋の外から

「大丈夫ですか?」

と声を掛けられてしまった。 急いで更衣室から出る。

赤い目のまま部屋から出たため、看護師さんは察しただろう。

そのことには一切触れず、普段通りに話し掛けてくれる。

その心遣いに感謝した。

 

初期症状で「がん」だと自覚

2011年12月

生検の検査結果が分かるまで、また1ヶ月程かかる。

おそらく年内には結果がわかるだろう。

その1ヶ月を待つ間、軽く風邪をひいてしまった。

「熱」、「喉の痛み」、「咳」、「鼻水」と風邪の症状がまんべんなくあらわれていた。

1週間程して、症状は大分治ってきた。だが何かおかしい。

咳と微熱が中々収まらなかった。

 

寝違えてしまったのか、左の方を向くと首が痛む。

「咳」、「微熱」、「首痛」が2週間経っても収まらない。

この時期に限らないが「がん」に関しては無知であるため、たまに「悪性リンパ腫」について調べていた。

そして改めて調べてみた。

初期症状として「乾いた咳」、「微熱」とあり、 リンパ節の位置に「耳の裏」とあった。

 

これは間違いない。悪性で確定だ。病院から結果を聞く前に自覚した。

日が進むにつれて、股関節やお腹の方まで違和感を感じるようになった。

徐々に体の状態が悪くなっていくことが感じ取れた。

 

その自覚した時期、会社のグループ(所属する最小の組織)で飲み会があった。

それぞれ外出先から飲み会の場所へ集合する。

私が店に着くと、すでに上司(年齢は4~5歳上)が着いていた。

もちろん右脇の腫瘍のこと、検査中であることも知っている。

「体調の方はどう?」と私に聞く。

私は初期症状が出て体調があまり良くないことを話した。おそらく悪性で間違いないということも。

悪性で間違いないことを人に話したのはこれが初めてだった。話していて思わず涙があふれる。

上司はその話を聞いた後、自分の親族にも「がん」になった人がいることを話してくれた。

「その人は今元気に過ごしている。だから大丈夫!」

その後も何度も「大丈夫」という言葉を掛けてくれた。

この「大丈夫」という言葉に助けられた。悪性でも頑張ろうという気持ちになれた。

人間は言葉で元気になったり、助けたりできるということを改めて学んだ。

 

年末

そして年末。結果を聞きに病院へ向かった。

コリコリの小さな腫瘍ができてからもう7ヶ月が過ぎていた。

 

いつものように長い待ち時間。

名前が呼ばれ、悪いイメージしかない診察室のドアを開ける。そして医者が言う。

医者「結果は悪性でした。年始からすぐに治療を開始しましょう。」

「やっぱりな。」が正直な感想だった。

その後先生は淡々と病気について、そして今後の予定を説明する。

話を聞いてはいるが、頭の中では「年始から?仕事はどうするんだ?」と仕事のことを考えていた。

 

引っかかっていたことがある。 元々腫瘍は懸垂をしようとしてケガをしたのがきっかけだった。

ただのケガなのに、なぜ「がん」が発症するのか? そこを先生に聞いてみた。

医者「おそらく関係がない。リンパ腫の原因ははっきりとわかっていないが、

ウイルス感染が主な原因といわれている」

関係ないにしてもケガとのタイミングが合いすぎている。

納得はしていなかったが、悪性リンパ腫であることには違いない。

先生も原因より治すことを考えてくれている。今は治すことを考えよう。

ひと昔前では悪性リンパ腫の治療法は確立されていなかったが、

現在は治る可能性も十分あるとも話してくれた。

 

説明を聞き終えて診察室を出ると、看護師さんがすかさずフォローしてくれる。

これから会社に報告して、今後のスケジュールを決めなければならない。

診察後は会社に戻る予定だったのだが、気持ちがあまり落ち着いていない。

正直冷静に話せる自信がなかったので、まずはメールで上司に連絡した。詳しい話は明日改めてと。

この日は自分一人で結果を聞きにいったため、帰って母親にも結果を伝えた。

 

母親は、

「そうか。じゃあがんばろうね。」と言ってたと記憶している。

ただ内心どう思っていたかはわからない。

その日は明日会社に何と言おうか、仕事はこれからどうしようか、と考えていた。

以前から覚悟していたこともあり、この日は泣いた記憶はない。

治療を受けながら仕事をしている人がいるのかどうか?

これからのことを色々と調べていた。

 

翌日、会社で上司に結果とこれからの予定を相談した。

検査結果を伝える途中、突然涙があふれてきた。

口に出すとどうしても不安が頭をよぎる。そして悔しさの感情もあったと思う。

抗がん剤治療を受けながら働いてる人もいる。

まずは1回目の治療を受けて仕事ができるか判断したいと会社に伝えさせてもらった。

「治療中は休ませてほしい」と言えば休ませてくれたと思う。

ただ私はずっと休むのが嫌だった。

私はここまで仕事が順調だったので、周りから置いてけぼりになるのがとても怖かった。

「周りに負けたくない。」

「死ぬ」ことよりも復活した後の仕事のことばかり気にしていた。

 

検査結果を身近な先輩や同期にもお昼を食べながら伝えた。

みんな「戻ってこい」と応援してくれた。

検査結果がでてから数日が経過したこと。

結果がでてやるべきことが明確になったこともあり、少しずつ落ち着いてきた。

 

そして2011年の仕事納めの日。

「これで会うのは最後かもしれないなぁ」と冗談をまわりに言いつつ、

苦しい7ヶ月、2011年を終えた。

 

発症編 終わり

 

まとめ

ここまでの話

  1. 2度目の生検を受ける
  2. 初期症状があらわれ、悪性だと自覚する
  3. 医者からがん宣告を受ける

 

医者から「がん宣告」されますが、特にドラマのようなタメはまったくありませんでした。

かなり「サラッ」と言われます。

これは推測ですが、あまり患者が不安にならないように医者側の配慮なのかもしれません。

その後、看護師さんもフォローしてくれましたので、

「医者」と「看護師」でバランスを取ってるのではないかと思います。

 

診断確定まで約7ヶ月かかりました。その間もがんは進行していきます。

すぐに結果はわかりませんので、怪しいと思ったら早めに行動しましょう。

 

続きはこちらです。

がん体験記 闘病編① ~初めての抗がん剤~

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